上達の秘訣=フェルデンクライスメソッド

健康的で心豊かな日々を送りたい。もっと活動的になりたい。
スポーツや武道、ダンス・バレエや音楽表現を上達させたい、より自由に自己表現したい。
そういう人のためのフェルデンクライスメソッドを指導していく中で、思ったことを書いていこうと思っています。

読んでできるレッスンも紹介していきます。

(但し、すべてのレッスンや動作は、試してみた方の各自の責任において楽しんで行うこと。
当サイト・ブログ作成・運営関係者は、それらについての責任は負いかねます。
良くも悪しくも起きた事は試してみた本人に全ての責があります。)
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  被災された皆様、そのご家族と関係者の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。
  一日でも早く皆様が安心して生活を送ることが出来ますように!
  ご支援されている皆様、復旧に尽力されている皆様、ありがとうございます。
立ち方〜「捨己従人」
どのように立つかという問題はかなり根源的な問題だと思いますが、
武術でも流派によって様々ですし、バレエでも先生によって言い方・教え方が違うようです。
どこの筋肉に着目するかでも言い方が違ってくるようです。
「自然体で立つ」といっても、いったい何のことやら?という人もいるでしょう。

他のスポーツや芸事で、どのように教えられているかはわかりませんが
フェルデンクライスメソッドでは「骨の上に立つ」という概念が
一般的に使われていると思います。

また、統合の取れた状態を筋肉の緊張に着目していうと、
全身のすべての筋肉の筋トーヌスが同じである状態ということができます。
つまり、どこかの筋肉が他の筋肉より緊張しているという場合は
まだ改善の余地が充分あるということです。

もちろん、全身がガチガチに緊張していては無理ですので、
リラックスして目的とする動作ができるということが前提です。


以前、こういうことがありました。(以下、個人的な体験です。)
直立した状態で、脱力して直立を維持できるように頭のほうから下へ向かって
位置を調整しつつ足底まで順に脱力していったのです。
頭の重さを首で支えて、頭と首の重さを胸椎で支えて、、、といった具合に
順に力を抜いて下部で重さを支えるようにしていきました。
<足首までの重さを足底で支えて>までいったときに、ついでに足底の力も抜いてみたのです。
その状態では、自分の体のどの部分も直立姿勢を支えていないということです。
そうしたら、突如として大地が体を支えてくれているという印象のようなものが発生しました。
足底と大地で一つの関節を構成しているような感覚(錯覚)です。

実際には筋肉が常に働いてバランスを保っているはずですが、体を支える・バランスを取るという作業に自分が参加していないで、大地がそれをやってくれていると感じてしまったのです。

筋紡錘の働きによって、自動的に筋肉がバランスを微調整するために仕事をしているということかもしれません。
とても安心感にみちた生き生きとした精神状態がやってきました。
(精神的な部分でも面白いことがあるのですが、あまり書きすぎると誇大妄想狂みたいなので、省きます。・・・これだけでもそう思われるかも)

これは、足から根が生えているとか足から杭が地中に向かって刺さっているとかのイメージを作り上げるようなものとは別物だろうし、
おそらく、大地が体を支えてくれているとイメージしても思い込みが強くなるだけで、この自由な感じを味わうことは出来ないと思います。

何か特定のイメージをして作り出そうとしている状態ならば、ゆだねているとは言えないので、
この場合、立つための自我の努力を放棄して人体というシステム(somatic)にゆだねているということかもしれません。

呼吸や血流や様々な体内の活動でバランスは変わり続けるわけだから、それでも立っていられるように全身の筋肉を使ってバランスを自動的に制御している脳の機能のすごさに思いが到りました。

バランスの変化を観察し続けながら、その自動的な働きを邪魔しないという在り方は、
人間というシステムに従うということだから、「捨己従人」の一つの形だと思います。

「捨己従人」に新しい解釈を追加できると思うけど、先人がそういうことを発表しているかも?
※ 己を捨てて人に従うことによって、結果的に勝利を得る。

「骨の上に立つ」ということは、こういうことなんじゃないかな?
と、思っています。

そこに到る過程で、
無駄な力を抜いて必要な筋肉の働きを邪魔しないようにしていくことが必要だろうし、
逆説的にその時々の状態や姿勢に合わせて必要な筋肉を強調するということも必要になるのだと思います。
フェルデンクライスのATM/FIレッスンでもいろいろなことをしますが、その時々に着目するところは違っていきます。

身体感覚がはっきりしていて、かつ、どこにも力を入れていないような状態で立てるのが基本なのだと思っています。


時間があったらやってみて下さい。

やることは
直立した状態で、脱力して直立を維持できるように頭のほうから下へ向かって
位置を調整しつつ足底まで順に脱力していくだけです。

力を抜いた気分になるのでなく、力を抜きつつ脱力しても倒れないような位置関係や角度を探し続けるという作業です。
首の部分が終わって肩に移ったときに、また頭からやり直さなければならないような場合も多々あるでしょう。

辛抱強さと、上手くいかなくても気にしないでやり続ける精神力と、途中で切り上げて翌日や数日後に作業を持ち越したり、上手くいかないところは後回しにして先に進むなどの気楽さが必要かもしれません。

「姿勢はこうあるべき」といった固定観念や自分が発見したことを、否定できる精神の柔軟性も必要になってくるかもしれません。
何よりも、安易にイメージを使ってしまって上手くいっているつもりにならないように、自分に対する正直さが必要です。
正直であるためには、厳しさではなくて気楽さが必要です。(某西日本の鉄道会社みたいに、「上手くいかなきゃ日勤教育という名の罰(陰湿なイジメ)を科してやる」なんて態度だと、一生自分に対して正直になれません。)

こういうことをやっていると身体感覚は日々成長していきますので、やる度に違ったことに感覚的に気づくかもしれません。
たとえば、最初は首の骨は1つか2つの骨の塊のように感じるかもしれませんが、実際には7つの椎骨で出来ています。
日々の成長の中でそれらを区別できるようにしていくと、より精妙に高度なことができるようになると思います。


コメント
from: さお   2015/04/14 11:39 AM
たまたま今日、捨己従人という言葉と、立つ、という二つの言葉でヒントさがしていたらこのページに出会いました。
フェルデンクライスということばも初めて見ましたが、どこかのページで捨己従人の意味するひとつは、自分の経験、先入観を捨て、まっさらな気持ちで受け入れる、ともあり、このページの、立つ、方法やってみました。説明にもあったように、おろして行く課程で、あれまた上がチカラ入ってるとか、すんなりはいきませんが、なんだか楽しくできました。教えて下さってありがとうございます。
from: そまてっく   2015/04/14 1:00 PM
さおさん、
試していただいて、ありがとうございます。

時間のあるときに、毎日のようにやってみてくださいな。
飽きたら、しばらくはほかの事をやって、何日かしたら再開してみるのもいいと思います。

楽しくできたと言う話は、嬉しいです。
ありがとうございます。
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